Introduction
闇がしらしらと明けていく。
徐々に光が満ちてゆき、藍色から薄い青に染まりゆく空を見上げながら、不意に思った。
海に行こう、と。
私を縛るものは何もない。ふたつの足を動かせば何処にだって行ける。
だから、迷う必要は欠片も存在していないのだ。
照りつける陽射しは強く、あと数時間もすれば世界は蝉の声に支配される。
立ち上る陽炎が視界を歪ませ、けれどもそんなものが私の歩みを妨害出来る筈もない。
囁きを落とす声には耳を塞いで、雲のように、漂うように、旅をしよう。
この網膜に、骸の姿を焼き付ける為に。
Story
ある日、世界中の海に謎の巨大生物が出現した。
出現から数ヶ月が経過しても生態も正体も何ひとつ解明されてはおらず、またある事情から、解明する為の一歩すらも踏み出せずにいる、厄介な代物である。
各国の要人や漁師をはじめとした海に密接した生活を送る人々を悩ませ続けているそれは、しかしそれ以外の大多数の人間にとっては『忘れ去られてゆく過去の珍事』のひとつになりつつあった。
別府朝陽(主人公)もまた、その大多数の人間の中のひとりだ。
巨大生物の情報から意識的に目を逸らしながら平凡な毎日を過ごす彼女は、ある時から奇妙な夢を見るようになる。
極寒の地。雪と氷に閉ざされた地を走る巨大な車に乗って、仲間達と共に『任務』を果たしに行く夢を。
夏が近付く季節。真逆の温度の夢と共に、約束された終わりの時が訪れようとしていた。
黄昏時の赤い光が満ちる世界の中で、そいつはじっと私を見つめていた。
……最後に目にした時と、変わらぬ姿で。
「ああ、やっと見てくれた」
綺麗な顔を綻ばせて。
──背後の景色を、透かし見せながら。
彼は、確かにそう言ったのだ。
「久し振りだね、朝陽」